部屋があるとは言ってない? アゴダ予約は“宿泊ガチャ”だった件

「予約済み」——そう表示されていても、実際に部屋があるとは限らないらしい。
オンライン予約サイト「アゴダ」では、きちんと決済まで済ませた宿泊者が現地で「部屋がありません」と告げられる事例が後を絶たない。いくらなんでも目に余ると判断した観光庁は、とうとう“業務改善要請”を出すに至った。が、その中身はナゾのまま非公表。そして処分も、なし。つまり何も変わらない。

現場の宿泊施設は翻弄され、旅行者は呆然とし、被害は着実に広がっているのに、アゴダは何事もなかったかのように今日も営業中。信頼で商売しているはずの予約サイトが、もはや「予約できない予約サイト」に成り下がってしまった。その現実を、あなたは知っていただろうか?

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◆「予約確定」のはずが…現地で知らされる“予約未確認”

「予約は完了しました」「決済も済んでいます」――そんな文言を画面で確認して、ほっと胸をなで下ろした経験、きっとあなたにもあるはずだ。だが、その“安心”は、アゴダを通した瞬間にただの幻想へと変わる。

訪日観光客が期待に胸をふくらませてホテルのフロントに立ったとき、突きつけられるのは驚きと失望だ。「その予約、入ってませんよ」。聞き間違いかと思い、何度も確認しても結果は同じ。予約済み、決済済み――それでも「部屋はありません」という現実が待っている。

ホテル側も、もはや驚かない。「またアゴダか…」。フロントに立つスタッフの顔に浮かぶのは、困惑よりも諦めの色だ。なぜなら、こうした“部屋が確保されていない事件”は、もはや月に一度や二度のレベルではない。都市伝説どころか、業界内では“あるある”になってしまっている。

トラブルのたびに対応に追われる宿泊施設。怒りと混乱の中、行き場をなくす旅行者。そしてそのすべてをよそに、アゴダは今日も涼しい顔で「ご予約はこちらから」と営業中。
安心を売るはずの予約サイトが、いまや不信と混乱の震源地になっている、それが、今の現実だ。

◆部屋タイプも日付も違う、まるで“ランダム宿泊ガチャ”

予約したはずのシングルルームが、なぜかツインに。あるいは宿泊日が1日ズレていたり、ひどい時にはそもそも「そんな部屋、存在しません」と告げられる、そんな信じがたい話が、アゴダ経由だと珍しくもなんともない。ここまでくると、もはや旅行というより運試しだ。

予定通りにチェックインできるか、予約どおりの部屋があるかどうかは、当日その場で運命のダイスを振るしかない。
「旅にサプライズはつきもの」とは言うけれど、誰がこんな種類のサプライズを望んだだろうか。観光の楽しさをぶち壊す予想外の展開。それすらも「仕様」として片づけられてしまうのが、アゴダという名のカオス空間――もとい、“アゴダワールド”なのだ。

旅行者の常識も、宿の努力も、システムの穴の前には無力。それが、この“予約サイト”の現実なのだから。

◆観光庁、ようやく“約款違反”を認定 それでも処分はナシ

観光庁は、ついに口を開いた。アゴダが旅行業法で定められた約款を守っていない――つまり、「法律で決められた最低限のルールすら守っていない」と公式に認めたのだ。

ここまで言われれば、通常なら“行政処分”が下ってもおかしくない。だが現実は、なぜか「業務改善要請」という柔らかい対応にとどまり、しかもその内容は非公表。注意どころか、もはや“見なかったことにします”と言わんばかりの静けさだ。

明らかに問題がある。けれど、お咎めなし。いや、それどころか「お知らせすらしない」という徹底ぶり。この不可解な優しさは、誰のためのものなのか――旅行者のためではないことだけは、はっきりしている。

◆ホテルが対応しても、アゴダの“責任逃れ”は成立しない

予約に不備があっても、現場のホテルが代わりの部屋をなんとか手配する、そんなケースが実は少なくない。

旅行者を路頭に迷わせるわけにはいかないという一心で、現場のスタッフが奔走し、損失もリスクもホテル側が背負っている。

だが、忘れてはいけない。これは「ホテルの善意」であって、「アゴダの責任を帳消しにする免罪符」ではない。むしろ、問題の本質をごまかしているだけだ。

本来であれば、契約通りに宿泊の提供を保証すべきは、決済を受けたアゴダの側。しかし現実には、その責任は曖昧にされ、現場に押しつけられている。
旅行者も困り、ホテルも苦しむ。その一方で、アゴダはトラブルの影に隠れたまま“関係ありません”とでも言いたげに姿をくらます。

こうした無責任な構造に対し、宿泊業界からは「これはもう、宿と宿泊者の両方にツケを回しているだけだ」と怒りの声が上がっている。
にもかかわらず、アゴダ側から明確な説明や謝罪はなく、改善の兆しも見えない。

問題を覆い隠し、責任を背負わず、迷惑だけを他人に押しつける。そんな姿勢がまかり通るようなら、もはやこの業界に“信頼”の二文字は存在し得ない。

◆“格安予約”の裏側で失われるもの、それは「信頼」

「安ければ何でもいい」――そんな時代は、もうとっくに終わっているはずだ。
だが、いまだに“格安”という言葉だけを免罪符に、最低限の信頼すら提供できないサービスが堂々とまかり通っている。

予約したはずの部屋がない。宿泊日が違う。部屋そのものが存在しない。
それでも「安かったから」で済ませるのか?

そんなのは“取引”ではない。ただの“賭け”だ。しかも、そのリスクを背負うのは消費者と現場のホテルで、運営側は痛くも痒くもない構造が、平然と放置されている。

観光庁は、今回のアゴダ問題に対してようやく動きを見せた。だが、形式的な“要請”だけでは、何も変わらない。
この機会を本当の転機とするなら、アゴダだけではなく、全てのオンライン予約サイトに対して、包括的かつ実効性ある監視体制を整えるべきだ。

旅行者が本当に求めているのは、チラつく「最安値」ではない。
約束どおりに部屋があること。問い合わせをしたときに誰かが責任を持って応えること。そして、旅先で不安にならないこと。
当たり前の安心。それこそが、金額以上の価値を持つと、なぜ業者も行政も、未だに気づかないのだろうか。

■最後に・アゴダは「宿泊予約サイト」か、それとも「トラブル生成装置」か?

現場には混乱を、宿泊客には困惑を。
それでも、アゴダには処分ひとつ下されない。

誰かが不利益を被り、誰かが頭を下げ、誰かが予定を狂わされる。

けれど、肝心の“責任を負うべき存在”は、どこまでも無傷だ。

今、改めて問われるべきなのは、アゴダというプラットフォームの存在意義そのものだ。
宿を探すサイトとして、人と旅をつなぐ橋渡しとして、最低限求められる「信頼」をすら提供できないのだとしたら、いったい何のために存在しているのか。

信頼を売らずに、いったい何を売っているのか?
値段だけ。利便性だけ。広告枠だけ。そう問い返したくなるような現実が、今この瞬間も繰り返されている。

“部屋が消える魔法のサイト”――この皮肉まじりのキャッチコピーが、冗談で済まされるうちに対処すべきだろう。
でなければ、次に消えるのは“利用者の信頼”そのものかもしれない。

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